給湯流茶道

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「侘び」とは何か?ひき算の美学とか軽々しく言ってるチャラ・リア充茶人に本当の侘びがわかってたまるか

給湯流茶道のキーワードのひとつは「侘び」。茶の湯の世界ではよく「わびさび」という言葉を使うと思いますが、給湯流では日常生活でもよく口に出します。


「うわー!この喫茶店侘びてるーーー!!!」


「激侘び~~~~!」(「どんだけー」の口調で)


給湯流のすぐそばにある「侘び」。侘びってなんだろう?改めて細かく考えてみました。


■侘びの語源は失意


京都で400年前から茶の湯釜をつくる家の大西清右衛門美術館

「釜からみた侘び」展いってきました


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館長、現在の大西家 釜師
の解説がおもしろかったです

一部、中略と要約しております


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侘 わぶという字は元来、志を失ふかたちを示す。


おもひわびなどのように失意の末 心定まらず戸惑う、厭う状態。


のちに美的な興趣の失われることをいうようになり、その不足の状態を積極的に肯定する意に。


それが静かでもの寂しい境地を目指す、不足の中に心の充足を見出す美意識になった。

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元々は、失意の末、心定まらない感覚が侘びだったと!しかもその失意からアゲていこうというテンション持ち直すハイな感覚。ただ悲しいのではなく、そこを積極的に肯定していく...表裏一体、HIGH&LOW


なんかピンときました


サラリーマン職場で決裁者が左遷されるとあっさり180度 企画が変わる。その瞬間の「今までの残業はなんだったんだ」失意と、次いこー、次たのしみーとテンションがあがる感覚(侘)


部下に裏切られ本能寺が燃えたときの信長の失意と、おそらく最後に切腹するときのテンションアゲアゲだった感覚!


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大阪西成区のドヤ街。福祉相談のチラシの絶望感と、喫茶店で常連のオジちゃんたちが「歯がないから歯茎でかまなあかん」と哀しくも明るいトーンでくりひろげられる会話。


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■「引き算の美学」とか言ってるやつは、侘びてない


大西清右衛門館長はこうおっしゃっています。


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浅はかな省略や、見ることの創造性を放棄する (中略) 昨今 引き算の美学と言う名のもと、消極的なジャポニズムばかりが強調されることに、どこか不自然さを感じているのです。

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今、茶道ギョーカイで「わびさび」というと、経年経過で自然にやつれたもの、無作為に欠けたものばかりが称賛されるが、釜師が考える「侘び」はそんなナチュラル思考のゆるふわではないと館長はご主張されます。


クライアント(当時だと利休とか)に発注されて釜を焼くのですから、納品時は新品です。新品だけど、あたかも何百年も野ざらしにされていたような侘び感を出す。そのために職人は、積極的に侘び装飾の工夫をこらしてきたと。


釜師にとっての侘びは、デコラティブなものなんだと!!!


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静寂な境地へのあこがれと、装飾のよろこび。 無我への志向と、自己主張の欲望。朽ちてゆくものにあわれを感じ、そこ一方で侘びと隣り合わせの現実を愛おしむ。 茶人は両方欲したのです。

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ドヤ街の喫茶店には、チーターの置き物やヒロヤマガタのアゲアゲ蛍光色ポスターも貼ってありました。


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「無我への志向と、自己主張の欲望。」


毎日をミニマムに生きるドヤ街の無我と、デコラティブな自己主張。

これぞ究極の「侘び」だぜ!イエーイ!!!!!




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